負けず嫌いのギタリスト
仕事の帰り道。
マイキスのデビュー前、ソロで路上ライブをしていた場所に通り掛かった。
(お、やってるな)
今日やってるのは初めて見るアーティストだ。
(人も集まり出してきたな。なかなか良い声だし、曲も良い)
「あ! なあ、そこの兄ちゃん! ギターケース担いでる兄ちゃん! あんただよ!」
周りを見渡してみたが、この場でギターケースを持っているのは俺だけである。
「……?」
「なあ、今日ギター弾いてくれる予定の奴が来れなくなっちゃってさ、良かったら弾いてくれないか?」
「は?」
明るい声で話す彼は、人懐っこさを全面に押し出した顔で笑っていた。
「あ! メジャーな曲でいいから!」
周りの目がこちらに向いている。
サングラスと帽子はしているが、そこにはちらほら路上時代に見知った顔がいた。
「あー! 悪い! 急だと無理か! 兄ちゃん結構真剣に聞いてくれてたからさ!」
「……無理?」
「悪かったー! 無茶振りは良くないよな!」
「無茶……?」
俺はつい、前に出てしまった。
ギターを取り出し、曲を決める。
立ち姿だけで気付いたらしい数人に、内緒だとポーズをすると、思いきり頷いてくれた。
ここに立ち寄る人達は、やっぱり変わらず良い人達だ。
よし、彼が歌いやすい様に、しっかり伴奏をしよう。
負けず嫌いも程々にしないとな。
でも、向こう側のわくわくしている人達の顔を見てすぐ冷静になれた。
ありがたい。
結果的には、成功だった。
歌い終わった彼も、観客も良い顔をしていた。
帰りに彼のCDを買うと、目の前でサインを書きながら話してくれた。
「いやー、ほんと兄ちゃんのギターめちゃくちゃ歌いやすかった! ありがとな! 俺が有名になっても、これ売らないでくれよ~?」
「ははは、売れるくらい有名になれよ、絶対だぞ」
「? おう!」
控えめに手を振ってくる子達に軽く手を振り返し、俺は家路を急いだ。
(早く曲が書きたい)
刺激を受けた、良い1日になった。
負けず嫌いも、たまには悪くない。
end.