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友人と、友人の妹の話

「うちの妹が可愛すぎるんだが!」
 またか。
 こいつは口を開くとこれだ。
 一限目、前の席の椅子に座って話し掛けてきた友人の片瀬進は、今日もアイドル雑誌を手に震えている。
「……今日のはどういう記事?」
 付き合う俺も俺だが、こいつは悪い奴ではない。
 ただ、ちょっとばかりシスコンなだけなのだ。
「よく聞いてくれた! 今月号は! うちの妹の! お花屋さん体験インタビュー、そしてピンナップだ!!」
「職業体験的なやつ? そういや中学生の時やったなあ……」
「そうそう、『お兄ちゃんお花屋さんで働いたの? 凄いね! 歩美もお兄ちゃんみたいにお花屋さんで働きたいなあ』なんて言ってた、
あの小さかった妹が! ついに、職業体験だぞ! しかも同じ花屋さんだ!」
 どうだ!といった顔で見てくるのは止して欲しい。
 俺には妹はいないし、いたとしてもこんな力説するほどシスコンにはならないと思う。
「あー……そういや、お前の妹、花が好きなんだっけ?」
「そうだ! 小さい頃から『このお花の花言葉はねー』なんてお兄ちゃんに話しかけてくれてだな!」
「なあいちいち声真似するのやめてくれよ、面白すぎるから……」
 思わず吹き出して俺が腹を抱えながらそう言うと、片瀬は少し冷静になったのか、迫っていた顔を引っ込めた。
「まあ、お前の妹、花似合うもんな。あ、これライブの衣装?」
「ああ、新作の衣装だ。歩美に似合う、可愛くてお花いっぱいの可愛い衣装だろ!?」
「可愛い、二回言ってるぞ。確かに似合ってる……良い衣装だな」
 職業体験インタビューの後ろのページには、最近あったらしいライブの様子も記事になっている。
「これだけページ数を貰えてるってことは、結構人気があるんだ。妹にアイドルになるように勧めたの、確かお前だっけ?」
「ああ、こんなに可愛すぎる妹だ、皆に愛されて然るべきだろ!?」
 満面の笑みで言う片瀬に、俺は僅かに疑問を感じた。
「誰にも見せたくないとか思わないのか?」
「ん? まあ、思わないことも無かったが、俺は裁縫が苦手だからな」
「……は?」
「可愛い衣装を来て歌ったり笑ったりしてる歩美が見れるなら、アイドルになって欲しいと思った。それに、この記事を見ろ! プロのカメラマンが写真を撮ってくれるんだぞ、俺が撮るよりずっといい!」
 指差した写真は、確かに誰が見ても好きになる様な、良い写真だった。
「……なるほど」
「お! お前にも良さが段々わかってきたか!? 残念だがそろそろ授業が始まるからな、続きは昼休みに読もう!」
「はいはい……」
 自分の席に戻る友人は、今日もアイドルの妹に負けないくらいの良い笑顔をしている。
「俺も頑張らないとな……」
 そして俺の友人は、俺が駆け出しのアイドルであることを、まだ知らない。

 end.

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