My KisS You 物語
#1 『M』
原案:My KisS You/文:春宮 葉蘭
ただいま、日本!
僕は、帰ってきたよ!
僕は甘木みかん。
職業はアイドル。
ついさっき、アメリカから帰ってきたところ。
姉のりんごちゃんと二人で組んでいたユニット「EAT ME」の、無期限の活動休止を宣言した後、僕は"自分のアイドル活動"を見つけるために、アメリカに旅立った。
しばらくアメリカでレッスンを続けていたものの、なかなか求める答えが見つけられず焦り始めていた時、僕はある男性アイドルの動画を見た。
その瞬間、気づいたんだ。
男性のアイドルだって、こんなにキラキラ出来るんだってことに!
それは、たくさんの男性アイドルがいるこの世界では当たり前のことなんだけど。
僕はユニットを組んでいる間、お姉ちゃんの隣にいる為に女の子の恰好をしていたから、その当たり前すら見えなくなっていたのかもしれない。
僕だって、「僕のまま」輝けるんだ!
そう思ったら、居ても立っても居られなくなって、日本にすぐ帰ることにした。
得意なダンスもいいし、歌もいいな、どうやって「僕」を見せよう、頭はアイドル活動のことでいっぱいになった。
そして今、僕は久しぶりに日本の地を歩いている。
やっぱり日本は凄く落ち着く。
アメリカも楽しかったけど、日本語でいっぱいの街は歩いているだけで安心した。
ひとしきり街を歩いて、そろそろ家に帰ろうかな、と思って駅の方向に歩みを進めると、駅前に人だかりが出来ているのに気がついた。
何気なく近づいてみると、若い男性が路上ライブをやっている。
背が自分より低くて、でもいくつか年上に見えるその男性は、ギターを調整しながら、集まっているオーディエンスに笑い掛けていた。
見ただけで分かる、あれは音楽が好きで堪らない!って顔だ。
周りの空気や彼の持つ雰囲気に、僕も聴いてみようかな、と思い、人だかりの中に足を踏み入れた。
「さっきまで弾いていた曲はカバーだったけど、ここからは俺のオリジナル曲だ。
知らない人も、良いと思ったら聴いて行って欲しい」
彼が演奏を始めたその瞬間、まるで恋にでも落ちたように、目が、耳が、心が、彼に釘付けになった。
トークをしていたさっきまでも凄く良い顔をしていたけど、ギターを弾き始めた彼はその何倍も輝いて見える。
力強くも音運びが繊細なギターサウンドに、やがて彼の歌声が加わった。
どこか優しさや艶やかさをも感じるその声は、僕の心を、そして無関心に過ぎ去ろうとしていた筈の人達をも巻き込んで、更に大きな人だかりを作っていく。
駅前の通りが、ライブ会場みたいに思えた。
やがて、何曲か歌い終わった彼は、今日の路上ライブの終わりを告げ、チラシを配りながらみんなに声を掛けていった。
どんどん周りが帰っていく中、彼が近づくにつれ、さっきのライブを思い出して、僕は少しだけ緊張してしまっていた。
「君初めて、だよな?」
「はい!たまたま通り掛かって……!
あの、さっきの曲、凄く良かったです!」
「俺のオリジナル曲だよ、ありがと。
ライブハウスで今度ライブがあるんだ、良かったら来て」
「その日なら空いてます、行きます!」
その場でチケットとCDを買って、誘われたライブまでにCDは何度も何度も聴き返した。
白石一輝さん。
この人の曲は凄く格好良くて、でも飾りすぎてはいなくて。
歌詞に添えられた「作詞・作曲/白石一輝」の文字を見た瞬間、心が躍った。
新しい僕のアイドル活動の始まりに、彼に曲の作成を依頼できないかな、と思ったんだ。
ライブ当日、ライブハウスの会場の熱気に僕は嬉しくなった。
そんなに広くないライブハウスだけど、ここにいる観客は、路上ライブの観客とは違う。
白石さんの歌を聴きたくて来ている人達ばかりだ。
前にファンの子達に言われた、会場にファンが増えてくると何故か自分が誇らしい気持ちになる、というのが今凄くしっくりくる気がして、思わずくすりと笑ってしまう。
すっかり僕も白石さんのファンになったみたいだ。
やがて照明が落ち、ライブが始まって――
ライトに照らされてステージ上で歌う彼の姿を見て、曲を聴いて、改めて、自分もこの人の曲で輝きたいと思った。
ライブが終わるまではあっという間だったけど、凄く心が満たされて。
同時に、僕は自分の気持ちに気付いてしまっていた。
白石さんは、曲も歌も演奏も、圧倒されるレベルで上手い。
きっと彼は、アイドルになっても魅力的だ。
僕は、彼と、一緒にステージに立ちたい。
それに、僕にはひとつの光景が頭に浮かんでいた。
今すぐ、それを白石さんに伝えたい!
瞬間、思わず体が動いていた。
スタッフに声を掛けて、ファンとしてじゃなく個人的に話があって、と伝えると、女性ファンでもないし知り合いだと思われたのか、案外すんなりとスタッフ用通路に連れて行って貰えた。
程なくしてやって来た白石さんは俺の顔を見て、不思議そうな顔をして、けれど追い返そうとはしなかった。
「来てくれてありがとう。
スタッフから男からの呼び出しだって聞いて誰だと思ったけど、君だったんだな」
「すみません、外で出待ちなんてしたら迷惑かと思って」
そう伝えると、一瞬驚いた様な顔をしてから、ライブ後の疲れを感じさせない笑顔で言った。
「で、話したいことって?」
「そうだ、あの、白石さんに、頼みがあるんです」
「頼み?」
息を吸い込んで、しっかりと白石さんの目を見る。
僕は、考えていた言葉を口に出した。
「僕に、曲を作って下さい」
「曲?」
「それから、一緒にユニットを組んで欲しいんです」
「ユニット……?お前、シンガーなのか?」
「アイドルです」
「……!……アイドル、か……」
さっきまで興味深そうに話しを聞いてくれていた白石さんが、息を吐きながら顔を俯ける。
でも僕はとにかく聞いて欲しくて、思いを口にしていた。
「はい、この間、白石さんの曲を聴いて、貴方に曲を作って欲しいと思ったんです。
それで、今日ライブを見たら、一緒に歌いたくなりました」
「……」
「お願いします!」
「……無理だ」
「え……!」
「無理だ。悪いけど、アイドルに曲は作れないし、アイドルになる気もない」
そう早口で告げた白石さんは、踵を返して去ってしまった。
「え、ちょっと、待ってください!」
焦った僕だったけど、扉を閉められてしまっては、流石にその奥まで追い掛けるわけにはいかない。
断られてしまった。
というか、何か気に障ったらしい。
何が問題だったんだろう。
まあそもそも、突然お願いしたんだし、当たり前のことだ。
そうだ、つまり。
ちゃんと話せば分かって貰えるかもしれない!
そう気づいてから、僕は白石さんのことをネットで調べた。
彼がよく路上ライブしている駅や時間を動画やみんなの投稿から知り、そこに何度も足を運んだ。
そうして、2週間が経ったある日。
「白石さん!いた!」
その日は3ヶ所程回って、最後の1ヶ所だった。
路上ライブ終わりにギターをケースに仕舞おうとしている白石さんを見つけて、僕は声を掛ける。
駅前の喧騒の中で、だけど僕の声はまっすぐに彼に届いたみたいだ。
白石さんは顔を上げてから、あからさまに嫌そうな顔をした。
「お前、こないだの……」
案の定、僕に対する態度が明らかに変わってしまっている。
無理もない、僕がいけなかったのだ。
「あの、この間はすみませんでした!」
いきなり謝った僕に、白石さんは面食らって、ああ、と息を零すような返事をした。
「僕、あの日は自分のことを何も伝えずに、一方的にお願いしてしまって……!
今日、この後、時間ありませんか?
お話聴いて欲しいです!」
頭を思い切り下げて、反応を待つ。
絶対に聞いて欲しい。
ただその思いで、僕は握った拳に力を入れた。
「……腹減ったから飯食いに行くけど、お前も来るか?」
バッと顔を上げると、ギターケースとバッグを持った白石さんがもう歩き出していた。
僕は嬉しくて、走って白石さんを追い掛けた。
白石さんは定食の唐揚げを美味しそうに頬張り、お味噌汁をおかわりしている。
僕は冷奴をそっと口に運びながら、様子を伺っていた。
「食べ終わったら話は聞くから。今は食べろよ、ここの飯、美味いだろ?」
「は、はい……」
「お前、アイドルなんだろ、しっかり食べて体力つけろよ」
思わぬ言葉に驚いていると、気まずそうに目線を外しながら、白石さんはお味噌汁のお椀を傾けた。
「路上ライブに来てるファンの人達から、今日こそ会えるかな?とか噂されてたぞ」
「え?」
「路上ライブやってない日や終わってから駅に来て肩を落としてる男がいるって、聞いた」
思わず飲んでいたお茶を噎せてしまう。
恥ずかしい、周りの人達はそんな僕を認識してたなんて。
ふたりとも定食を綺麗に食べ終わってから、白石さんは言った。
「でもまあ、それで来たのがお前だったから、話くらいは聞いてやるかって思ったんだけど。
この店、この後の時間も客入りがゆったりしてるから、長く話しても大丈夫だぞ」
穏やかに笑った白石さんを見て、幾分肩の力が降りた僕は、ゆっくりと話し始めたのだった。
ずっと長い間。
僕は、お姉ちゃんと一緒にいた。
アイドルになって、ユニットもふたりで組んで。
でも、お姉ちゃんと一緒に、ずっと二人で今まで通りのアイドル活動をするだけじゃ、見えない景色がある。
そう思って、僕はアメリカに行った。
自分にとっての新しいアイドル活動を探しに。
アメリカでのレッスンやアイドル活動は刺激的だったけれど、これだ!というものが見つからなくて、なかなか日本に帰ることができなかった。
そんな時、ある番組で、一人の男性アイドルを見た。
ただかっこいいだけじゃない、キラキラと輝く姿に、僕は目が釘付けになった。
こんなアイドル活動もあるんだって。
その瞬間、僕の新しいアイドル活動に出逢えた気がしたんだ。
「……それで僕は日本に帰ってきたんですけど、白石さんの路上ライブやこの間のライブを見て。
僕は、あなたに、曲を作って欲しいと思ったんです。
僕の新しい始まりに、新しいアイドル活動を始める為に、あなたの曲が良いと思ったんです」
そこまで話し切った僕に、白石さんはお茶を飲む様に勧めた。
話し始めたらそれに夢中で、全然水分を取っていなかった僕の喉は、潤いに喜ぶ。
白石さんは自分もお茶を飲んでから、しばらく黙っていたけど、やがて考えがまとまったのか、まっすぐに僕を見て言った。
「曲を作って欲しい理由はわかった。
俺の曲が、お前の新しい始まりに求められているということは、単純に嬉しい」
白石さんは、真面目な顔のまま続ける。
「ただ、何故、俺も一緒にアイドルに、ということになるんだ?
俺に曲を作って欲しい、それで一緒に、と言うなら、二人でシンガーをやるという道もあるはずだ。
……少なくとも、俺にアイドルは向いてないし、やるつもりもない。
曲の提供もアイドルってことなら、正直断らせて欲しい。
お前のことが嫌いなわけじゃないし、支えてやりたくないわけでもない。
ただ、理由は話せないが、俺にも事情があって、アイドルにだけは……」
本音で語ってくれていることが、凄く伝わってくる。
何故だかは聞けない。
きっと、こんなに苦しそうな顔をする理由が、そこにあるんだろう。
でも。
「白石さんとのデュオのシンガーも、きっと素敵ですよね。
だけど、僕にはあの時見えたんです、ステージの上で僕らと一緒に輝いている白石さんが」
「僕ら……?他にもメンバーがいるのか?」
「今はいません。でも、僕には見えました。白石さんの曲で、四人でアイドル活動をする姿です」
訳が分からないって、言われても仕方ない。
でも僕にはその光景が、間違いなく見えたんだ。
「……俺の曲……四人組か……」
その瞬間、白石さんの声が、少し悩んでいる様な呟きに変わっているのに、僕は気がついてしまった。
「どうですか?」
このチャンスを逃す訳にはいかない。
だって彼は全然受けるつもりが無かった筈の話を、ここまで真剣に聞いてくれたのだ。
もしかしたら、もしかすると。
「全く、そんな目で見るなよ……」
僕の目を見た白石さんは、息を吐いてから、ギターケースについている、大きな星形のキーホルダーに触れた。
手元でスライドしたそれは、どうやら鏡だったらしい。
表とスライドした面で色が違うそれは、開くとまるで星がふたつになったみたいに見える。
鏡をしばらく見つめてから、白石さんはその鏡を閉じて、息を吐いた。
「……わかった、曲だけなら、作ってやってもいい。
ただし、俺はメンバーとして歌わないし、名前も伏せさせて貰う。
これでどうだ?」
「わかりました!
ひとまず、今日のところはここまでということで!」
僕が笑顔で言うと、白石さんはあんぐりと口を開けて、信じられないものを見る様な目でこちらを見た。
「は!?アイドルはやらないからな!」
「白石さんよりいい人が現れたら諦めます。
でも僕は、そんな人、絶対にいないって思ってます!」
「お前、やっぱり諦め悪いな……。
まあでも、それがお前のいいところなのかもな……」
目線を外してお茶を啜る白石さんだったけど、やっぱり話はきいてくれるらしい。
僕は嬉しくなって思いっきり笑った。
その後も、真剣にユニットの曲やコンセプトについて話し合ってくれた。
白石さんは意思が強い人だと思う。
同じくらい、曲を作ることに対する情熱が凄い人なんだって、今日で分かった。
ひとまず曲作りを引き受けて貰えたことが本当に嬉しかった。
でもきっと白石さんは、いつかメンバー加入の話も引き受けてくれる気がする。
僕が諦めない限り、彼は真剣に悩んで、真剣に答えてくれるだろうから。
僕は、僕の新しいアイドル活動を、僕らのステージを絶対に諦めない。
これが、僕とみんなとの、始まりの物語だ。
To Be Continued...