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そしてパーティーは始まる

今日の仕事が終わって、壁に掛かった時計を見る。
あと一時間で、今日が終わろうとしている。
携帯端末に手を伸ばしかけて、しばし悩む。

先月いっぱいは周年イベントで一緒にいることも多かったユニットのメンバー達も、今月はそれぞれの活動が忙しくて。
明日は久々に四人揃っての仕事の日だ。
そして、仕事の後、皆でパーティーをする。
イベント事のある日に皆で集まりたい、パーティーをしよう、とみかんが言い出したのは、ユニットを組んだ後の最初のクリスマスからだった。
それからは、毎回のパーティーしよう、の言葉が飛んでくる前に、全員がそのつもりで仕事のスケジュールを調整するのだから、面白い。
もちろん、アイドルで個人の活動もある、四人全員の都合が、毎回合う訳じゃない。
それでも俺達四人は、なるべく当日、無理なら前後の日で、いろんなイベントを楽しんできた。
クリスマスに正月に、果てはこどもの日まで。
それは、当然、明日の大きなイベントも含まれる訳で。

俺は、用意した誕生日プレゼントを忘れない様に鞄にしまってから、携帯端末に触れた。
いや、明日、会えるんだしな……。
そう思いながらも、会話アプリを開いた。
何となく、を装って、スタンプをポンと押す。
俺の描いた可愛い犬の絵のスタンプで、自信作だ。
特に文字も書かれていないその絵のスタンプに、すぐにメンバーのゆーやから反応が来る。

『一輝、お疲れ様!今日の作業終わったんだ?』

絵文字に彩られた言葉の後に、「お疲れ様」の文字が入ったうさぎのスタンプが押された。
反応の速さとスタンプ等の使いこなしている感は、流石俺達の中で最年少といったところか。

『ああ、さっき。ゆーやもお疲れ様。』
『俺は宿題やってたんだけどね。最近冷えるし、何かあったかいもの飲みなよ』

一番年下のくせに、人一倍、こうやって気遣ってくれるところに、心が温かくなる。
俺はキッチンでお湯を沸かしながら、コーヒーや紅茶の茶葉などの類いが入っている棚を開けた。
この間ゆーやに貰ったティーバックを取り出し、香りに頬を緩ませる。

『今ゆーやに貰った紅茶入れてる。ありがとな』
『自分からあげといてなんだけど、一輝が紅茶飲むのって意外かも』

ゆーやの前で紅茶を飲んだのは、ゆーやの家でご馳走になった時くらいか。
最近はカフェオレをよく飲んでいるけど、別に紅茶が嫌いな訳じゃない。
むしろ好きな方だと思う。
返事を打とうとしていると、自分がボタンを押すより早く文字が表示された。

『一輝は年下の前ではブラックコーヒーを無理して飲みがちだよな』

アイコンを見なくても分かる。
シルビアだ。
俺をからかうのが生きがいみたいに、いつも絡んでくる。
ただただ顔の良い、外見はどこかの国の王子様かと言いたくなるシルビアは、中身は至って普通の男子である。
ふざけてからかってくるのがこいつなりの愛情表現だと分かってからは、何だかんだ怒ることも無くなった。
なんて返してやろうかと思いながら端末を操作していた時、ふと思い立って、通話ボタンを押した。
すぐにシルビアとゆーやも通話状態になる。

「シルビア、お前さあ、……お疲れ様」
『え?ああ、うん。ふたりも、お疲れ様』

そう返すとは思わなかったのだろう、それでも嬉しいと言わんばかりの笑みが、電話の向こうから伝わってくる。
シルビアはいつだって、ステージの上では完璧で、俺たちの前では普通の男子だ。
そういうところを、もっと曲に出来たらとは思うけど。

『シルビアお疲れ様!明日は久々に四人の仕事だね、俺かっこよく踊れるかなー、あの曲サビ前のステップ難しいからさあ』
『確かにね。俺もあの部分は結構気合い入れて練習したよ』

ふたりの言うダンスの箇所は、曲を作っている時点でかなり拘ったところだった。
かっこいい音に、かっこいい振付け。
それは大いに感謝するところではあるのだが、実際自分がそのステップを踏む、と気付いた時、顔をひきつらせてしまったことは記憶に新しい。

「みかんの振り付けは大胆でかっこいいけど、あれは正直焦ったな」

今はもう体に覚え込ませたとはいえ、観ている側にかっこいいと伝わらなければ意味が無い。
それでいて、4人のバランスも大事。
アイドルユニットの大変さと同時に、面白さを実感する。

『ゆーやも一輝も、練習で上手くいってたし、大丈夫だよ。
それで、一輝はコーヒーが甘いのが好きなのか?』

明日の仕事の事を考えていて忘れていたが、通話ボタンを押す前は紅茶の話をしていたんだった。

「いや、そもそもそういう話じゃなかっただろ」
『紅茶飲むとこほとんど見たことないなって話だったよね。
えー、ゴホンッ、一輝さん、好きな飲み物は何ですか?』
「もこもこぐ、」
『『……もこもこぐ……?』』
「じゃなくて、…ココアかな。紅茶もコーヒーも飲むけど」
『え、な、何?もこもこぐって、オレが知らないだけ?』

余りにも意味が分からない言葉を発したせいで、ゆーやが問い返してくる。
もこもこ雲の乗ったココアだよ☆……なんて、昔のきらきら星みたいな時代の自分は何度答えたか知らないが、未だに口をついて出るんだから油断ならない。
庶民の飲み物な訳じゃないと言いたくなるけど、回答内容をフルサイズで言ったらシルビアどころかゆーやにまでからかわれそうだ。
俺は頭をフル回転させた。

「…ココアが好きですね。インスタントの粉の量を調節して、甘くしたり苦めにしたり。
その日の気分や体調で味に変化をつけています」
『あ!インタビューモードの一輝だ!オレ好きなんだよな~!』
「何だよそれ、俺はシルビアみたいにやったつもりなんだけど」
『俺って一輝から見てそんな感じなんだ?』
「ガールの皆にも、きっと気に入って貰えると思うよ。
今度レシピを公開しちゃおうかな」
『似てる!シルビアに!似てる!』
『ええ?そう?』

ゆーやはツボに入ったみたいで、ひーひー言いながら笑っている。
対してシルビアの方はというと、特に怒るでもなく、この後、逆に俺の物まねを始める始末だった。

壁に掛かった時計で時間を確認すると、もう少しで日付が変わろうかという時間だ。
きっと皆、その為に通話のボタンを押したんじゃないかと思う。
でも誰も、その事は話さない。
そうこうしている内に日付が変わった。
俺達はしばらく、何でもない話を続ける。
二十分程経ったくらいか、通話の画面に、最後の一人が加わった。

『みんな、お疲れ様~!何話してるの?』

我等がリーダーにして、太陽。
本日の主役の、甘木みかんである。
俺達は待ってましたとばかりに、息を吸い込んだ。
そして、せーのの掛け声も無く、一斉に言った。

――誕生日おめでとう、みかん!――

『え!ありがとう!』

驚き、それからいつものあたたかい、えへへ、と照れくさそうな声が聞こえて、俺は何だか一仕事終えた様な満足感を感じていた。
もしかしたら、シルビアとゆーやもそうなのかもしれない。

『もしかして、さっきまで三人で僕の話してたの?』
「いや、全然」

えー、ほんとに?と可笑しそうに笑うみかんは、いつも以上にご機嫌だ。
実家に帰っていると言っていたから、通話する直前もきっと、家族に祝って貰っていたに違いない。

『一輝のココア談義で盛り上がってたところだよ』
『インタビューモードの一輝面白かったよね、みかん来たしもう一回やってよ!』
『何それ気になる、僕も聞きたい!』
『だってさ、一輝、もちろんやってくれるよね?』
「いやあれシルビアのつもりだって……しょーがねーなあ……」

それから、さっきの通話の内容も含めて、俺達は明日の仕事に支障の無い範囲で、夜中の電話を楽しんだ。
翌日の仕事や、その後のみかんの誕生日パーティーを楽しみにしながら。

こんな風にみんなで祝えない日も、きっとこの先来るんだろうけど。
今この幸せな瞬間があれば、次も、きっとその次も。
みかんがパーティやろう!と言い、少しずつみんなで準備して。
また誰からともなく、祝いの言葉を投げかけ、パーティーは始まるんだ。
小さなことも、大切なことも、このメンバーで祝えたら、それは幸せな時間で。
だから俺は、まずは今日に感謝する。
いつもパーティーの始まりを作ってくれる、みかんが生まれたこの日に。


 end.

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